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トマト

(東京・荻窪)
住所: 東京都杉並区荻窪5-20-7 吉田ビル1F
電話: 03-3393-3262

 春になると、無性に「トマト」のカレーが食べたくなる。トマトを使ったカレーではなく、荻窪高校の裏にある小さなカレー屋さん、「トマト」の欧風カレーのことである。

 初めてこのお店を訪れたのも、桜が咲く頃のことだった。当時大学生だった僕は、美味しいカレーを求めてこのお店にたどり着き、一時間並んでやっと食べられたカレーの味わいに衝撃を受けたのを覚えている。

 これはなんだろう?何カレーと言ったらいいんだろう?

 今まで食べた欧風カレーとは似ても似つかない…。そんなもやもやとした想いを抱きながらも、スプーンの一口一口を口へと運ぶ手は一向に止まらない。カレー好きの探究心をくすぐられずにはいられないのである。

 一押しは、このお店の中では最も辛い部類に入る和牛ジャワカレーである。食べてまず口の中に広がるのが、小麦粉や玉ねぎを優しくいためたロースト香や、クローブなどのスパイスが醸し出すほろ苦さだ。この味わいこそが、どんなメニューによらずトマトのカレーに根底にあると言ってもよい。嫌味のない苦味は、とりもなおさず仕込みの段階での究極に丁寧な仕事を、濃厚に示唆している。

 次に、タンニンの渋みに乗って、様々なスパイスやハーブの香りがフワッと花開くのである。もしかしたら、僕が春になるとトマトのカレーが食べたくなるというのは、無意識にこの華やかさを春の息吹になぞらえているのかもしれない。

 カイエンペッパーに頼らない辛さもいい。ブラックペッパーのおかげで、カレーの味全体がピリッと引き締まってもいる。これだけ数多くのスパイスを使いながら、味や香りが散らかってしまわないのは、まさにご主人の小美濃シェフによる長年の技術と経験に裏打ちされたスパイス遣いがなせる技なのだろう。そうしてカレー自体を存分に堪能したら、具の牛肉に食指を動かそう。トロットロに煮込まれた牛肉は、上品な脂の甘みを湛えながらもしっかりとした肉の旨みが感じられる。相当に質の良い肉を、これ以上ないほどに丁寧に調理しているのだろう。その肉の甘みが辛口のカレーとのギャップを生み出し、料理としての完成度を一ランク、いや二ランク上に押し上げているのである。先ほど言及したスパイス遣いも含めて、緻密な計算と絶妙なバランスの上にどっしりと降臨する、まさに奇跡のような至福の一食である。

 食べ終えたとき、冒頭で抱いたもやもやした気持ちに一定の解が示される。このカレーは、既存の欧風カレーだとかお家のカレーだとか、そういった枠に収まりきらないスケールの大きさを持っているのだ。

 このカレーこそ「『トマト』のカレー」である、他に真似できない唯一無二の魅力を誇っている。その味を求め、家が多く離れてしまった今でも、春になると僕はこの店に足を運ぶことになるのである。スパイスの魅力と丁寧な仕事が織りなす、どこにもない魔性の味わいを求めて…。

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