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日本のカレーシーンの最も大きな特徴は、バリエーションの広さだ。英国経由で独自の発展を遂げた日本風のカレーライスに、本場インドやタイといったアジア諸国の味を忠実に再現したカレー。それらを応用した麺類や総菜パン、スナック菓子も楽しめる。
さらに興味深いことに、世界各国のスパイス料理をカレー風に仕立てた料理をいくつも味わえる。これら“カレー風各国料理”は日本ならではのもの、日本のカレー文化の裾野を広げてくれる存在だ。
そんなカレー風各国料理を提供する先駆けの一店といえば、新宿のカフェ・ハイチだ。その名の通り、中南米・西インド諸島に位置するハイチ共和国に注目したカフェで、今はなき1号店は1970年代に誕生した。店内にはハイチの民芸品が数多く並び、独特の雰囲気を醸し出す。
カフェ・ハイチの名物は、現地の家庭料理をアレンジした「ドライカレー」。白いライスの上に、野菜や合い挽き肉を煮込んだペースト状のカレーが鎮座する。さらにペーストの上にはパセリがかかっている。現地の家庭料理ではパセリではなく、激辛のサルサを用いるそう。辛さにとりたてて強くない日本人が安心して楽しめる味にするためだろう。
辛さよりも旨みを重視する方針は、ペーストのカレー本体も同じ。一口味わうと、しっかりとした旨みがすぐに広がり、思わずほおが緩む。一方、辛さは後からほんのり載ってくる程度。だからスプーンを動かす手を一度も休めることなく、一気に食べ終わってしまう。「大盛りを注文しておくべきだったか」。そんな思いが、このドライカレーを食べるとしばしば頭をよぎる。
そして食後。やはり名物であるハイチスタイルのコーヒーを僕は必ず味わう。ラム酒を数滴垂らして味わう一杯がまた格別なのだ。
コーヒーの香りを楽しみながら、ふと考えにふける。ペースト状のひき肉カレーがライスの上に鎮座するスタイルは、今やさまざまなお店で見かける。それもこれも、カフェ・ハイチのドライカレーを多くの人が受け入れたからなのかもしれない。そう考えると、「カレー風各国料理の先駆け」と紹介したのは失礼だったか。日本のカレー文化に、もっと多大な貢献をしてくれていたお店なのだ。
(文:たあぼう)